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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)1863号 判決

原告

菅野亮子

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

澤辺朝雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し四三〇万〇五二三円及びこれに対する平成八年一月九日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、被告(神戸支店扱い)から、別表①ないし③の「銘柄」欄及び「数量」欄に記載の銘柄・数量の投資信託(以下、同表記載の数量・銘柄の投資信託を「投資信託①」などという。)を、同表「約定日」欄に記載の日に、同表「代金」欄に記載の金額で買い付け、被告に対し、その金額を払い込んだ。

(二)  原告は、息子の菅野裕之の名義を利用して、被告(神戸支店扱い)から、投資信託④を、同表「約定日」欄に記載の日に、同表「代金」欄に記載の金額で買い付け、被告に対し、その金額を払い込んだ。

(三)  原告は、娘の黒川純子の名義を利用して、被告(神戸支店扱い)から、投資信託⑤及び⑥を、同表「約定日」欄に記載の日に、同表「代金」欄に記載の金額で買い付け、被告に対し、その金額を払い込んだ。

2  投資信託①ないし⑥(以下「本件投資信託」という。)の償還期限はいずれも当初の約定よりも延長され、投資信託①、③及び⑥については買付けの八年後に、投資信託②、④及び⑤については買付けの七年後に償還期限が到来したが、本件投資信託について償還された金額は、いずれも払込金額(元本)を下回っており、その元本割れの額は、別表「損失」欄に記載のとおりであった。

3  原告は、銀行の定期預金が満期となったため、預金をより有利に運用するため抵当証券を購入しようと考え、被告の神戸支店を訪れたところ、同支店の担当社員浜屋から、「ナイスハーモニー」という名称の投資信託のパンフレット(甲第一二号証)を見せられるとともにその買付けを勧められた。そこで、原告は、投資信託②、④及び⑤を買い付けた。

また、原告は、浜屋から、投資信託については国債型と株式型があるが、株価が上昇しているときなので株式型の投資信託の方が有利である旨の説明を受け、投資信託①、③及び⑥を買い付けた。

浜屋は、投資信託が元本割れする可能性があることなど一切説明しなかったし、原告に見せられたパンフレットなどにもそのような意味のことは一切書かれておらず、原告は、投資信託が元本割れのまま償還されることがあるとは全く知らず、貯金のつもりで何も知らないで投資信託を買い付けたものであり、本件投資信託が元本割れの状態で長期間運用され、償還されたことにショックを受け、体調も悪くしたから、被告は、本件投資信託に関して原告に生じた財産損害及び精神損害を賠償する責任がある。

4  原告は、本件投資信託を買い付けたことにより、償還期限には、被告から、払い込んだ元本と償還期限までの間(七年又は八年)の年六分の割合による利息の合計額の支払を受けることができたはずである。したがって、別表「損失額」欄に記載の金額(元本割れの金額)及び「利息額」欄に記載の金額の合計四一〇万九七一五円が原告に生じた財産損害の額となる。

また、原告が被った精神損害を慰謝するに足りる慰謝料の額としては一〇〇万円が相当である。

5  よって、原告は、右財産損害に係る損害賠償金四一〇万九七一五円および慰謝料のうち一九万〇八〇八円の合計四三〇万〇五二三円並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成八年一月九日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は認め、同(二)及び(三)の事実については、原告主張の投資信託④ないし⑥の買付けが行われたことは認めるが、原告がそれら投資信託を買い付けたとする点は否認する。原告は、菅野裕之及び黒川純子の代理人として投資信託④ないし⑥を買い付けたものである。

2  同2の事実は、投資信託⑥の元本割れ金額を除き認める。投資信託⑥の償還金額は四九万九七四二円であり、元本割れ金額は原告主張額よりも多い一六万〇二五八円となる。なお、投資信託①については二〇万円(所得税額源泉徴収後の支払額は一六万円)の、投資信託⑥については三万三〇〇〇円(所得税額源泉徴収後の支払額は二万六四〇〇円)の収益分配金が支払われている。

3  同3及び4は否認する。被告神戸支店の浜屋は、本件投資信託の仕組みや特性、投資対象に株式が含まれているから株価の上昇・下落によって投資結果が影響を受けることを説明している。

4  同5は争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録に記載のとおりであるからこの記載を引用する。

理由

一  本件においては、投資信託④ないし⑥の取引が原告自身に帰属する取引かどうかという点はともかく、原告が昭和六三年四月から平成元年四月にかけてその主張のとおりの本件投資信託の買付けを行った事実、それら買付けのため原告が被告に六八六万円を払い込んだ事実、本件投資信託が原告主張の時期(平成七年四月ないし平成八年五月)に償還された事実、投資信託①ないし⑤が払込金額を下回る元本割れの状態で償還され、それら元本割れの金額が別表「損失額」欄記載のとおりである事実は、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第二七号証によれば、投資信託⑥の償還金額が四九万九七四二円であり、その元本割れ金額が一六万〇二五八円である事実が認められ、したがって、本件投資信託は、六八六万円で買付けがされたにもかかわらず、償還期限までの七年ないし八年の運用がされた後に、五六八万九四〇五円しか償還されなかったものである。

二  また、成立に争いがない甲第八ないし第一二号証、第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件投資信託を買い付けた経緯として、(一) 本件投資信託は、いずれも、基金を公社債や株式などに分散投資して運用を行う目的で出資を募るものであること、(二) 原告は、満期になった銀行預金に代え、自己資金をより有利に利殖するための金融商品を買い求める目的で、自ら証券会社である被告の神戸支店に赴いたこと、(三) 本件投資信託の買付けがされた当時、株式市場は活況を呈しており、株式を投資対象とする本件と同種の投資信託の運用実績も、概ね銀行の定期預金金利をかなり上回るものであったこと、(四) 被告神戸支店においても、本件と同種の投資信託の好調な運用実績を記載したチラシ(甲第一二号証及び第一四号証)を顧客に配布しており、原告もそのチラシを示され、同様の運用実績を期待して本件投資信託を買い付けたこと、(五) 同支店で原告が見たそのチラシには、本件投資信託が、株式をも投資対象に含む「バランス型ファンド」であると記載されていたこと、(六) 原告は、同支店の担当社員から有利ではないかと勧められた本件投資信託を買い付けたこと、という事実関係が認められる。

三  ところで、投資信託は、投資に関する専門的知識を有する証券会社などが、不特定多数の顧客から資金を集め、投資家個人では通常調達が困難とみられる額の基金を形成し、これを出資者のために比較的長期間にわたり株式等に投資し運用した後、償還期限には、出資者に対し、出資金に運用益を加え手数料等の費用を控除した額を償還するという仕組みの商品であり、投資対象である株式等の市場価格の推移によって運用実績が好調な場合もあれば低調な場合もあり(すなわち償還金額が異なる。)、出資元本の償還と一定利回りが予め約束されている銀行預金とは、根本的に異なった商品である。

したがって、投資信託は、出資金払込みの時点において、償還期限(通常は数年後)における償還金額を確実に予測することができないという意味では、資金の利殖方法として不確実な商品であるが、その投資対象は幅広いものであるから、個々の株式等の値動きによって利益・損失が大きく左右される投機的売買とは異なり、比較的投機的色彩が希薄な商品であるということができ、その運用実績は、株式等の市場価格の全般的な動向に左右される傾向が強いものである。本件投資信託についてみても、平成二年以降の株式の市場価格の全般的な暴落、いわゆるバブル経済の崩壊に伴う不況の長期化といった社会経済情勢の影響を受けて運用実績が悪化し、結果的に元本割れという結果が発生したものであり、本件投資信託の運用実績が原告の期待通りとならなかったのは、まさに、投資信託という商品の必然的な性質に由来しているものと考えるべきである。

四  被告の損害賠償責任の原因として原告が主張するところは必ずしも明らかではないが、投資信託は、右のような性質の商品として、証券会社により長年不特定多数の顧客に販売されてきたものであって、これが銀行預金と性質の異なる商品であることは、本件投資信託の買付けが行われた当時既に良く知られていたものというべきであるから、投資信託に関する虚偽の宣伝・広告・勧誘行為(例えば、投資対象に関する誤った情報や元利金が保障されているなどという虚偽の情報の提供)が行われたという特別な事情が認められない限り、投資信託が結果的に元本割れしたからといって、顧客において証券会社に対し、期待した運用実績が得られなかったことによる損害の賠償を求めることができないのは当然である。

本件においては、そのような虚偽の宣伝・広告・勧誘行為があったという事情は何ら窺えないのであって、原告が被告に対し、本件投資信託に期待した運用実績が得られなかったことによる損害の賠償を求めることはできないというべきである。

五  なお、原告は、被告神戸支店の担当者が元本割れの危険を積極的に原告に知らせなかったこと、そのため原告が本件投資信託が銀行預金と同様に元本・金利が約束された金融商品と誤解してこれを買い付けたことを根拠として、被告に本件損害賠償の責任があると主張しているとも考えられる。

しかし、証券会社は、預金の受入れを行う銀行とは異なり、有価証券の売買に関する業務を行う会社であって、このことは社会常識というべきこと、本件投資信託が株式をも投資の対象としていることは原告も十分認識しえたはずであることからすれば、自ら被告神戸支店に赴いて本件投資信託を買い付けた原告が、これを預金と同様のものと勘違いしたとしても、それは原告自身の余りにも軽率な思込みによるものというほかないのであって、その勘違いを同支店の担当社員の責任に帰することはできないから、原告の右主張は理由がない。

六  以上の次第で、本件請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官橋詰均)

別表〈省略〉

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